女子長距離選手の摂食障害|原因と問題点

1990年ごろ、当時日産自動車に所属していた田村有紀(現:出水田有紀)さんが摂食障害で危険な状態にあったことが報じられました。

摂食障害が日本の陸上界で話題になったのは、恐らくそれが初めてだろうと思います。
あれから約35年が経ちましたが、今も摂食障害で悩み、苦しんでいるアスリートは少なくないと感じています。

※その当時のことを田村さんはインタビューで語っています。以下の画像にリンクを貼っておきます。

女子長距離選手は競技の特性上、体型や体重がパフォーマンスに大きく影響すると考えられがちです。
しかしこの考え方が過度な体重制限につながり、摂食障害という深刻な問題を引き起こすことが少なくありません。
この記事では、アスリート、特に陸上女子長距離選手における体重制限と摂食障害の関係について、その原因と問題点をこれまで受けた相談の経験を踏まえ述べてみようと思います。

1,原因

原因はひとつではなく、同時に複数存在しているケースがほとんどです。

ⅰ:パフォーマンス向上へのプレッシャー

「体重が軽い方が有利」という誤った信念

長距離走では、体重が軽ければ軽いほど走るためのエネルギー消費が少なくて済むという考えが根強くあります。
このため選手自身や指導者が過度な減量やトレーニングを強いることがあります。
ほとんどの場合この誤った信念が最大の要因であり、この信念から複数の原因が生じていると考えられます。

完璧主義

高い目標を持つ選手、責任感の強い選手ほど自分自身への期待が過剰となる傾向があります。
完璧主義であることは決して悪いことではありませんが、それが先述の誤った信念と重なると、体重や体型への執着を強め摂食障害のリスクを高めてしまいます。
中には「自分がもっと頑張らなければ」と、過度なトレーニングを自分自身に課し摂食障害を悪化させていると思われるケースもありました。

また自分自身への過剰な期待は自己評価を低くしてしまいがちになり、不安定な精神状態に陥りやすくなってしまいます。

ⅱ:環境要因

指導者の理解不足

指導者の中には体重管理の重要性を過度に強調し、選手の心身の健康を考慮しないケースが見受けられます。
毎日の体重測定の強制や、目標とする体重まで減量出来ていない場合の暴言や叱責、行動や食事制限の強要など、選手の健康を考慮しないどころか人格までも否定されるケースもあり、これはもはや指導者の理解不足というより人間性の問題であろうと考えます。
また女性アスリート特有の身体の変化(月経など)への理解が乏しい、或いは知識として持っていながら「強くなるには仕方がない」こととして考慮しないことも問題であると言えます。

周囲からの視線や言葉

家族や友人、応援してくれている人など周囲からの「痩せている方が速く見える」といった無意識の言葉に精神的に追い詰められることがあります。
さらに体重や体型を気にしすぎている状態だと、「自分は太って見られていないか」といったように他者の視線も気になるようになります。

2,問題点

摂食障害は単なる食の問題ではなく、選手の心身に大きな悪影響を及ぼします。

身体的影響

摂食障害は「利用可能エネルギー不足」、「無月経」、「骨粗鬆症」という女性アスリートの三主徴を引き起こす典型的な原因です。
特に骨密度の低下は疲労骨折のリスクを劇的に高め選手生命を脅かします。
そればかりか、貧血、心機能の低下、内臓機能の障害、免疫力の低下など、パフォーマンス以前の健康状態を著しく損ないます。

精神的影響

摂食障害はうつ病や不安障害などの精神疾患を併発しやすいものです。
実のところ、長く苦しむことになるのは摂食障害よりも精神疾患です。
摂食障害を乗り越え必要な栄養素をしっかり摂れば、体重が戻り、生理が来るようになります。
しかし、うつ症状などは治まったように思えても度々苦しめられることがあります。
コーチや教師の叱責や暴言がトラウマになってしまうこともあります。
こうした精神的な影響は完全に治すことは難しく、どう付き合っていくか、どう向き合うかが大きな課題となります。

3,解決するには

女子長距離選手における体重制限と摂食障害の問題は、個人の問題ではなく、アスリートを取り巻く環境全体の問題です。
パフォーマンス向上を追求するあまり選手の心身の健康を犠牲にすることは決して許されることではありません。

指導者、保護者、そして選手自身が、体重管理と栄養摂取に関する正しい知識を身につけること、特に体重が軽ければ速く走れるという誤った考えを払拭し、適切なエネルギー摂取の重要性を理解する必要があると考えます。
選手、指導者、保護者、それに教育機関や医療の専門家が連携し、健全なスポーツ文化を築くことこそが、この深刻な問題を解決する唯一の道ではないでしょうか。

ありきたりなことを書いていると思われるかもしれません。
「それが出来れば苦労しない」「そんなのはただの理想だ」と思われる方もおられるでしょう。
しかし実現していない状況があるからこそ、今もなお問題として存在するのだと思います。
一人でも多くの関係者がこの現実と向き合うこと。
それが大きな一歩になると私は信じています。

【参考】

・「女子アスリートに知っておいてほしいこと」 第 4 回 摂食障害(拒食症、過食症)って競技者にも起こるの?:日本陸上競技連盟医事委員会
https://www.jaaf.or.jp/pdf/about/resist/medical/20180314-4.pdf

・「スポーツ選手の摂食障害」NATA(全米アスレチックトレーナー協会)編 大修館書店 1999年